人手不足を背景に活用が広がる
「無期転換ルール」
働き方の多様性につながってほしい

東京大学社会科学研究所

水町 勇一郎教授

東京大学社会科学研究所

水町 勇一郎教授

 契約社員やパートなど雇用期間の定めがある有期契約労働者が、同じ会社で5年を超えて有期契約が更新された場合、雇用期間の定めがない無期契約への転換を申込むことができる「無期転換ルール」。雇用の安定を図るために2013年4月施行の改正労働契約法で定められ、会社側は申込みを拒否できない。施行5年後の2018年4月から徐々に無期転換する労働者が発生して4年が過ぎた。ルールは社会にどれだけ浸透し、企業側の取り組みは進んでいるのか。有期契約労働者の実態に詳しい労働法学が専門の東京大学社会科学研究所教授の水町勇一郎氏に話を聞いた。

正規・非正規の待遇格差は経済停滞の要因にも

「無期転換」のお話に入る前に、有期契約労働者が置かれている立場と現状を教えていただけますか。

水町教授 日本は「終身雇用」「年功賃金」「企業別労働組合」といった正社員を中心とした雇用システムが今も残っています。契約社員やパート社員など雇用期間に定めのある有期契約労働者は、このシステムの対象外に置かれてきたために、諸外国に比べて、正社員の正規雇用と有期契約の非正規雇用との待遇格差がより大きな状況が構造的に続いてきました。そのことが社会問題として深刻に受け止められたのが、企業による非正規雇用労働者の雇止めや派遣切りが横行した2008年に起きたリーマンショックです。

非正規雇用のどのような問題が浮き彫りになりましたか。

水町教授 リーマンショックで顕在化した問題は大きく2つあります。一つは、雇止めや派遣切りに象徴される雇用の不安定さと正社員との待遇格差の問題で、社会的不公平さという側面です。もう一つは、そうした正規・非正規の格差問題が日本経済の停滞の大きな要因になっているのではないかという経済的な側面です。安く使えて切りやすい非正規雇用労働者が、企業側にとってコスト削減の対象として位置付けられてきたために、全体の賃金が上がらず、物価が停滞し、経済成長も得られない。デフレスパイラルから抜け出せない要因ではないかということです。
 こうした状況を変えるため、2018年に成立した働き方改革関連法の中で、労働契約法20条を取り込んだ形で、パートタイム労働法が「パートタイム・有期雇用労働法」に改正され、2020年4月に施行されました。同一労働同一賃金を推進し、正規・非正規といった雇用形態の間の不合理な待遇格差の是正を強く進めていく内容です。現状では雇用全体の4分の1が有期契約労働者で、その数が大きくは減ってきておらず、両者の格差をなくそうとする改革の途上にあります。

想像以上に企業がルールを受け入れた

正規・非正規の格差是正の一つに「無期転換ルール」もあります。
改めて無期転換ルールを活用する労働者側、企業側双方のメリットを教えてください。

水町教授 労働者にとってのメリットは、雇用契約が有期から無期に変わることで、雇用の安定が得られることです。6カ月や1年契約などで働いていて、期間満了が近づく度に「更新してもらえるだろうか」といった不安がなくなります。また、長く働けることになれば、今後の人生やキャリアの展開を考えやすくなる。働く側にとってのメリットは非常に大きいと言えます。
 一方の企業側にとっては、良い人材の採用と定着に制度が活かせます。技術と市場の変化が速くなり、企業間競争が増すなかで、社内で人材を育てるだけでは足りずに、外部の即戦力を迎え入れる動きが強まっています。中途採用をする際に、最初の1年間などを有期契約で雇用し、能力や人物を見て活躍が期待される場合には無期に転換するという例が多くの企業で見られるようになりました。子育て中の人に短時間勤務の有期雇用で働いてもらい、その後、無期転換や正社員化する例もたくさん出ています。無期転換ルールが良い人材を獲得し、育てていくための一つのステップとしての役割を果たしているように思います。

無期転換ルールの活用が進んでいるということですね。

水町教授 企業が有期契約の労働者に無期転換申込権があることを伝えて、希望者が無期転換したという話はたくさん耳にします。通算5年の契約更新を前に雇止めをする企業や、何も取り組んでいない企業も依然としてありますが、当初、私が想像していたよりも、企業側が制度を好意的に受け止め、無期転換が進んでいる印象です。
 その背景にあるのは少子化による人手不足です。新規学卒者だけではなかなか良い人材が採れない。片や契約社員の中には優秀な人がたくさんいる。だったらこの無期転換ルールを利用する形で会社に定着してもらおうという企業側のニーズが制度とマッチして広がっている気がします。ただし、企業における取り組みには差がみられます。

労働条件を変えない「ただ無期」が課題、制度を知らせない企業も

企業ごとにどのような取り組みの差がありますか。

水町教授 わかりやすく言うと、コンプライアンス(法令遵守)にしっかりと取り組んでいる企業とそうでない企業、その中間に位置する企業の3通りあるというイメージです。人事部があり、顧問弁護士もいる企業では、無期転換ルールに則して就業規則などを整え、対象となる労働者には事前に情報提供をしているところが多い。他方で、特に企業規模が小さなところでは、この制度自体を知らないという会社もまだ多い。その中間というのは、経営者からの依頼を受けた社会保険労務士などがコンプライアンスを担っている会社です。社労士の方々が無期転換に前向きなアドバイスをするかどうかは経営者の意向も絡むところですが、この中間層での取り組みがどう進むかも見ていく必要があります。

有期契約の労働者が会社に無期転換を申し込めるようになって4年が過ぎましたが、見えてきた課題はありますか。

水町教授 無期転換ルールによって契約期間が有期から無期になっただけで、給与や昇給などの労働条件は有期のときと同じという企業が一定数みられます。これを私たちは「ただ無期」と呼んでいます。無期転換を定めた労働契約法18条は、転換後の労働条件について特別の定めがなければ、有期のときの労働条件がそのまま契約内容となるとしています。ただし、無期に転換した後に業務の幅やキャリアが増していった場合、それに見合った待遇改善がないままで働く側の不満が募るような「ただ無期」の存在は今後の課題の一つです。
 また、もう一つ大きな課題は、施行後4年が経過しても制度を知らない労働者がたくさんいるということです。無期転換を希望するかどうかは本人次第ですが、会社側が労働者の権利である制度について情報提供することは必要です。これらの問題は今後、政策的に取り組むべき課題でしょう。

「契約3年を目安に無期転換」が今後のスタンダードに

最初の1年間は有期で雇用し、能力次第で無期雇用に転換する企業のお話がありました。
そうした5年を待たずに無期転換する動きは今後増えるでしょうか。

水町教授 通算5年の契約更新を待たずに無期転換を図る企業は実際に増えてきています。私は5年ではなく3年で、無期に転換するか雇用を終了させるかを判断することが今後のスタンダードになるのではないかとみています。
その理由は、無期転換ルールとは別の労働契約法19条に定められた「雇止め法理」を捉えた動きです。契約を更新していくなかで、実質的に無期契約に近いような状況があったり、働く人に雇用が継続されると期待する合理的な理由があったりした場合には、契約期間が満了しても合理的な理由がない限り雇止めしてはダメですよということが19条に定められています。
過去の判例を踏まえると、5年で雇止めをすると違法だとされる可能性があるため、有期契約労働者を無期転換するか、雇止めするかの判断は3年あたりが目安だということが、コンプライアンスを重視する企業で広がってきています。

無期転換か雇止めか、労働者に伝えるにあたって企業側が準備しておくべきことは何でしょうか。

水町教授 有期契約労働者に対する評価制度をつくることです。例えば、直属の上司や人事担当者による5段階評価を蓄積していって、A評価は無期転換し、E評価は雇止め、B~Dは有期契約を更新するといった能力や仕事の成果を踏まえた評価基準を定めておくことです。そうすれば雇止めをする人に、なぜ無期転換できないのか理由が説明できます。
また、パートタイム・有期雇用労働法で、正社員との不合理な待遇差を設けることが禁じられたことを受けて、有期の人を評価に基づいて処遇する動きが出てきました。仕事ぶりを正当に評価することで、昇給やボーナスの支給など待遇を引き上げることも大事です。

無期転換すると、定年まで雇用しないといけないのではないか、業績が悪化した際の雇用調整が難しくなるといった懸念も企業側から聞かれますが。

水町教授 無期転換したら途中で解雇できず、定年までの雇用を確保しなければいけないというわけではありません。リストラのリスクはどの企業にもあり、正社員であっても定年までに解雇の対象にならない保障はないのです。必要なことは、場合によっては雇用調整の対象となる可能性があることを、雇用契約書に明記して説明し、無期転換を図るようにすることです。限定されていた職務や勤務地がなくなった場合や、人事評価次第では解雇もあり得ることを書いておいて、会社と雇われる人との間で認識を共有しておくこと。そうした意味でも契約書と人事評価制度は重要です。

正社員制度の改革と合わせた取り組みを

最後に、無期転換ルールをどう活用すればよいか、企業へのアドバイスをお願いします。

水町教授 無期転換ルールは、正社員制度の改革とリンクさせて考えてほしいと思っています。有期から無期になった際の労働条件として、転勤や残業があるのかないのか、いろいろなパターンを設けながら、それに見合った評価をし、待遇を改善していく。正社員も含めた多様な働き方につながることが、この制度の一つの目標であり、ゴールだと思います。
 最近、「パーパス(purpose)経営」という言葉が注目されています。将来に向けてどういう企業経営をしていきたいのかを明確に意識し、その経営目標の達成のために、どういう人に、どんな働き方をして活躍してもらいたいかを考えることが大事になってきました。少子化は継続的に進み、人手不足基調は今後も変わらないでしょう。外部からの人材活用はどんどん増えていくと思います。有期と無期で働く人をいかにうまく組み合わせて能力を発揮してもらうかが企業経営において一層大切になる。無期転換ルールは、正規・非正規の働き方の見直しと企業の活性化にとって重要なルールです。活用は今後さらに広がっていくと思います。

Profile

水町 勇一郎(みずまち・ゆういちろう)

1967年生まれ、佐賀県出身。東京大学法学部卒業。
東北大学法学部助教授、仏パリ西大学客員教授、ニューヨーク大学ロースクール客員研究員などを経て、2010年より東京大学社会科学研究所教授。労働法学を専門とし、『詳解 労働法』(東京大学出版会)、『労働法入門 新版』(岩波新書)など著書多数。政府の「働き方改革実現会議」議員も務めた。

無期転換ルールとは

同じ企業(使用者)との間で、有期労働契約が5年を超えて更新された場合、労働者の申込みによって雇用期限の定めのない無期労働契約に転換できるルール。労働者の申込みを企業側は断れない。対象となる人は、半年や1年などの契約期間を更新して働く労働者で、契約社員やパートタイム、アルバイト、派遣社員などの名称は問わない。2013年に施行された改正労働契約法で定められ、施行から5年経った2018年4月から順次無期転換する労働者が発生している。